明朝体やゴシック体、セリフ体やサンセリフ体という名前は知っていても、なぜそう呼ばれるのか、いつ生まれたのかまでは知らない、という人は多いのではないでしょうか。
書体の歴史を大まかに知っておくと、「この書体はなぜ伝統的に見えるのか」「なぜ現代的に感じるのか」が理解でき、書体選びの判断に自信が持てるようになります。
この記事では、欧文書体と和文書体がそれぞれどのように生まれ、活字から写植、DTP、Webフォントへとどう変わってきたのか、書体(フォント)の歴史を初心者向けにざっくり解説します。
書体の歴史の基本
まずは欧文書体と和文書体の成り立ちを、大きな流れでつかみましょう。
書体の歴史を知ると何が分かるのか
書体の歴史とは、明朝体・ゴシック体やセリフ体・サンセリフ体といった書体が、どんな時代に、どんな技術や目的から生まれたのかという成り立ちのことです。
ここでいう「書体」とは、文字の形のデザインの系統のことです(フォントとの違いや書体の分類はフォントと書体の種類で解説しています)。
歴史を知ると、書体の見た目の違いを「なんとなく」ではなく、理由と結びつけて理解できるようになります。
たとえば、古い時代から使われてきたセリフ体や明朝体が「伝統的」「格式がある」と感じられ、比較的新しいサンセリフ体が「現代的」と感じられるのは、それぞれが生まれた時代の空気をまとっているからです。
初心者のうちは細かい年号を覚える必要はなく、「欧文と和文では成り立ちが違う」「印刷の技術とともに書体も変わってきた」という大きな流れをつかめば十分です。
文字を印刷・表示する技術は、大まかに次の順に移り変わってきました。
欧文書体の歴史:活版印刷とセリフ体
欧文書体の歴史は、15世紀の活版印刷の発明から大きく動き始めます(欧文書体の分類や見方は欧文書体の基本で解説しています)。
活版印刷とは、1文字ずつ作った金属の判子(活字)を並べて版を組み、インクをつけて紙に刷る印刷方法です。
ドイツのマインツでヨハネス・グーテンベルクが1455年ごろに完成させた聖書(グーテンベルク聖書)は、西ヨーロッパで初めて金属活字で印刷された本とされています(米国議会図書館「Gutenberg Bible」(英語))。
このときの活字は、当時の写本の文字をもとにした、太く角ばった「ブラックレター」と呼ばれるスタイルでした。
写本とは、印刷の技術がなかった時代に、人が手で1字ずつ書き写して作った本のことです。グーテンベルクの活字は、その手書きの文字の形を、金属の判子にしたものだったのです。
その後、活版印刷はイタリアに伝わり、1470年にはベネチアで活動したニコラ・ジャンソンが、現在のセリフ体の手本の一つとされる読みやすい「ローマン体」の活字を使った本を出しています。
セリフとは、アルファベットの「I」や「T」の線の端に付いている、小さな足やヒゲのような出っ張りのことで、セリフのある書体をセリフ体と呼びます。
和文の明朝体にも、横線の右端に「うろこ」と呼ばれる三角の飾りがあり、欧文のセリフに近い役割をしています(見本Cと見本D)。くわしくはセリフ体とサンセリフ体の違いと明朝体とゴシック体の違いで解説しています。
さらに1501年には、同じくベネチアの印刷業者アルドゥス・マヌティウスが、彫刻師フランチェスコ・グリフォに作らせた傾いた書体「イタリック」で本を丸ごと印刷しました。
このように、いまも使われているセリフ体やイタリックの基本形は、500年以上前の活版印刷の時代にできあがったものです。
サンセリフ体の登場:19世紀からの新しい書体
セリフのない「サンセリフ体」は、セリフ体よりずっと新しく、活字として登場したのは19世紀に入ってからです。
サンセリフの「サン(sans)」はフランス語で「〜がない」という意味で、その名のとおり「セリフがない書体」です。
最初のサンセリフ体の活字は、1816年ごろにイギリスのウィリアム・キャズロン4世の活字見本に載ったものだとされています。
1830年代になると、イギリスで「サンセリフ」「グロテスク」といった名前のサンセリフ体が広まり、ポスターや広告の見出しなど、目立たせたい場面で使われるようになりました。
アメリカでは、このようなサンセリフ体が19世紀に「ゴシック(Gothic)」と呼ばれ、見出し用の書体として広く使われました。
20世紀に入ると、サンセリフ体は本文や公共のサインにも使われる現代的な書体として定着していきます。
代表的な例が、1957年にスイスで作られた「ノイエ・ハース・グロテスク」で、1960年に「ヘルベチカ(Helvetica)」と名前を変えて世界中に広まりました。
| 時代 | 欧文書体の主なできごと |
|---|---|
| 1455年ごろ | グーテンベルクが金属活字で聖書を印刷(ブラックレターの活字) |
| 1470年 | ジャンソンがベネチアでローマン体の活字を使った本を出す |
| 1501年 | マヌティウスとグリフォがイタリックで本を印刷 |
| 1816年ごろ | キャズロン4世の活字見本に最初のサンセリフ体が登場 |
| 1830年代 | イギリスで「サンセリフ」「グロテスク」が広まる |
| 1957年 | ヘルベチカの元になる「ノイエ・ハース・グロテスク」が作られる(1960年に改名) |
和文書体の歴史:明朝体とゴシック体
和文書体の代表である明朝体は、その名のとおり中国の「明(みん)」の時代と深く関係しています(和文書体の種類や特徴は和文書体の基本で解説しています)。
辞書では、明朝体は中国の明代に木版の本で使われ始めた書体で、縦の線が太く横の線が細いのが特徴だと説明されています(コトバンク「明朝体」)。
木の板に文字を彫って刷る木版印刷では、何人もの職人が分担して彫っても個人差が出にくいよう、直線的な字形が工夫されたともいわれています。
日本で明朝体の金属活字が本格的に作られるようになったのは、明治時代のはじめです。
「日本の近代印刷術の祖」といわれる本木昌造(もとき しょうぞう)は、1869年に上海の印刷所で活版技師をしていたウィリアム・ガンブルを招き、金属活字の鋳造に成功しました(国立国会図書館「近代日本人の肖像 本木昌造」)。
このとき学んだのが、電気メッキの技術で活字の型(母型)を作る「電胎法」です。文字を彫った原型を電気メッキで金属に写し取って型を作り、そこに溶かした金属を流し込むことで、同じ形の活字を正確にたくさん作れるようになりました。
これが、明朝体の活字づくりのきっかけになりました。
本木の流れをくむ東京の築地活版製造所が作り続けた「築地体」は、現在日本で使われている印刷文字の源流になっています(日本印刷産業連合会「印刷の歴史」)。
一方のゴシック体は、縦横の線の太さがほぼ均一な書体で、明治時代には見出しなどに使う活字として作られ始めました。
「ゴシック」という名前は英語の「Gothic」から来ており、先ほど紹介したように、アメリカでサンセリフ体を「ゴシック」と呼んでいたことが、日本での呼び名につながったといわれています。
つまり、和文のゴシック体と欧文のサンセリフ体は、名前の上でも見た目の上でも近い関係にあるのです。
活字から写植・DTP・Webフォントへ
書体は、文字を印刷・表示する技術の変化とともに、作られ方や使われ方も変わってきました。
活字の次に登場したのが、文字を写真の仕組みで印画紙に焼き付ける「写植(写真植字)」です。
写植では、文字が透けて見えるように作られた板(文字盤)に光を当て、レンズを通して印画紙に1文字ずつ写します。レンズを切り替えれば文字の大きさを変えられるので、大きさごとに金属の活字を用意する必要がなくなりました。
日本語の写植機「邦文写真植字機」は、1924年に森澤信夫が発明し、石井茂吉とともに実用化を進めました(モリサワ「沿革」)。
こうして、金属の活字を何千本もそろえなくても、文字の大きさや種類を自由に変えられるようになり、多くの書体が生まれました。
その後、パソコンで紙面のデザインから印刷データ作りまでを行う「DTP(デスクトップパブリッシング)」が広まります。
「机の上(デスクトップ)で出版物を作る」という意味の言葉で、大がかりな専用の機械がなくても、パソコンとソフトがあれば紙面を組めるようになりました。
日本では1989年に、パソコン用の日本語書体「リュウミン L-KL」「中ゴシックBBB」を搭載したプリンターが発売され、日本語DTPが広がるきっかけの一つになりました(モリサワ「沿革」)。
そして現在は、インターネット経由で書体を読み込んでWebページに表示する「Webフォント」が当たり前になりました(仕組みはWebフォントの基本で解説しています)。
Web用のフォント形式「WOFF」は、2012年にWeb技術の標準化団体W3Cの勧告(正式な標準)になっています(W3C「WOFF File Format 1.0」(英語))。
| 時代 | 和文書体と文字の技術の主なできごと |
|---|---|
| 明の時代(14〜17世紀) | 中国で明朝体のもとになる書体が木版の本に使われる |
| 1869年 | 本木昌造がガンブルを招き、金属活字の鋳造に成功 |
| 明治時代 | 築地活版製造所の「築地体」が広まり、ゴシック体の活字も作られ始める |
| 1924年 | 森澤信夫が「邦文写真植字機」を発明 |
| 1989年 | 日本語の書体を搭載したプリンターが発売され、日本語DTPが本格化 |
| 2012年 | Web用フォント形式「WOFF」がW3C勧告になる |
書体の歴史をデザインに活かす
歴史の知識は、覚えるためではなく、書体選びの判断材料として使うと役立ちます。
生まれた時代から書体の印象を読み取る
書体を選ぶときは、その書体が生まれた時代の雰囲気が、伝えたいイメージに合うかを考えてみましょう。
長い歴史を持つセリフ体や明朝体は、本や新聞で長く使われてきたことから、伝統・信頼・格式といった印象につながりやすいです。
一方、19世紀以降に広まったサンセリフ体やゴシック体は、広告やサインで使われてきた背景から、現代的・機能的・力強いといった印象につながりやすいです。
Since 1890
老舗の味を、次の百年へ
Since 1890
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見本Eは、セリフ体と明朝体の組み合わせで、創業からの長い歴史や伝統を感じさせる落ち着いた印象になっています。
見本Fは、同じ言葉でもサンセリフ体とゴシック体にしたことで、老舗でありながら新しいことに挑戦する、現代的で力強い印象に変わっています。
どちらが正解というわけではなく、伝えたいメッセージに合わせて、書体が背負っている歴史の印象を使い分けるのがポイントです(書体ごとの印象の違いは書体による印象の違いで紹介しています)。
名前の由来を手がかりに書体を覚える
書体の名前の由来を知っておくと、たくさんの書体を整理して覚えやすくなります。
「明朝体」は中国の明の時代、「ゴシック体」はアメリカでのサンセリフ体の呼び名、「イタリック」はイタリアで生まれた書体、というように、名前そのものが生まれた場所や時代のヒントになっているからです。
たとえば欧文書体の名前に「Grotesk」「Gothic」と付いていれば、サンセリフ体の仲間だと見当をつけやすくなります。
実践のポイント
書体の歴史を学ぶときに陥りやすい間違いと、よくある疑問をまとめます。
注意点・よくある間違い
- 年号や人名を暗記することが目的になってしまう。
大切なのは、書体が生まれた背景と、そこから来る印象を書体選びに活かすことです。 - 和文の「ゴシック体」と、欧文の「ブラックレター」を混同してしまう。
中世ヨーロッパ風の太く角ばった「ブラックレター」も英語で「Gothic」と呼ばれることがありますが、和文のゴシック体とはまったく別のものです。
ブラックレターは、英字新聞の題字やゴシック調のファッション・音楽のロゴで見かける、とげとげしく重厚な文字です(装飾書体で紹介しています)。
和文のゴシック体は線の太さがほぼ均一なすっきりした書体で、欧文でいえばサンセリフ体の仲間です。 - 今の明朝体を、明の時代の書体そのものだと思ってしまう。
現在の明朝体は、明治以降の日本で活字として改良を重ね、さらに写植やデジタルの時代に作り直されてきたものです。 - 「伝統的=古くさい」と決めつけてしまう。
セリフ体や明朝体は、使い方次第で上品さや信頼感を出せる、現代でも第一線の書体です。
よくある質問
- Q. 明朝体は明の時代に作られた書体なの?
A. 明朝体のもとになった書体は中国の明の時代に木版の本で使われたものですが、私たちが今使っている明朝体は、明治以降の日本で活字として作り直され、改良が重ねられてきたものです。
名前は由来を表していると考えるとよいでしょう。 - Q. サンセリフ体はセリフ体よりも新しいの?
A. 印刷用の活字としては、そのとおりです。
セリフ体の基本形は15世紀の活版印刷の時代にできあがったのに対し、サンセリフ体の活字が登場したのは19世紀に入ってからです。 - Q. 書体の歴史をもっと知るにはどうすればいい?
A. 印刷や活字をテーマにした博物館や展示施設を訪ねて、実物の活字や印刷物を見るのがおすすめです。
本や画面で見るよりも、活字の大きさや印刷の質感を実感でき、書体の成り立ちが記憶に残りやすくなります。
まとめ
書体の歴史とは、欧文書体なら15世紀の活版印刷から生まれたセリフ体と19世紀に登場したサンセリフ体、和文書体なら明の時代の木版から明治の活字へと受け継がれた明朝体と、明治に作られ始めたゴシック体の成り立ちのことです。
活字から写植、DTP、Webフォントへと技術が変わるたびに書体も作り直されてきましたが、生まれた時代の雰囲気は今も書体の印象として残っており、それを知ることが書体選びのヒントになります。
まずは手元の本や雑誌を1冊開いて、本文や見出しに使われている書体がセリフ体・明朝体の仲間か、サンセリフ体・ゴシック体の仲間かを見分けてみてください。


























